おいしけりゃなんでもいい!

身近にある美味しいものを探したい。おいしけりゃ、なんでもいいんだけれど。

【今こそ必要】メディアリテラシーの教育授業を軽視したことが今問題になっている気がしている。

読書は嫌いじゃありません。
自分の思いもしなかったこと、考えもしなかったことを記している書籍に出会うと、
とても得した気分になります。


最近はインターネットで簡単に情報が手に入ります。


去年末には某大手IT系の運営するキュレーションサイトが大炎状。
兼ねてより問題視されていた、
ネット上に氾濫する玉石混交、中には詐欺まがいの情報商品が存在する状態に警鐘が鳴らされる事態に。。



でもこれってプロの校閲を通っているはずの実物の(電子書籍含む)書物や新聞、テレビといったメディアにも同じことなんですよね。


タイトルに惹かれて買った書籍に書かれていた情報がアマのブロガーの記事より感銘を受けないこともありますし、
新聞や雑誌の記事が間違っていたなんてことはしょっちゅうあることで、
ネット上の情報だけで有料メディアの情報を越えてしまっている例なんていくらでもあるワケです。


それでもキュレーションサイトが問題視されるのは、
やはりその裏に嫌らしいお金の臭いみたいなのを感じ取る部分も大きく関係しているのかと思います。


もちろんウソデタラメに近い記事を安く買いたたいたライターに書かせて商品化して利益を得ると言うビジネススタイルには問題があるとは思いますけど。


メディアリテラシーという言葉の重み

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僕がまだ中学高校生の頃、情報の授業で盛んにメディアリテラシーが導入され始めました。
情報の授業で実際にパソコンに触れながらメディアリテラシーについて学ぶ、
そんな機会に授業という形ではじめて触れた世代だったように思います。


ハッキリ言って一番困惑していたのは先生自身のように思いました。


メディアリテラシーとは何ぞや?」


まだまだすべての情報をインターネットで何でもかんでも調べると言うところまではいかなかった時代、
学生よりもむしろ先生の方がネット上での振る舞いに対する経験値がないですし、
メディアにリテラシーが必要なのか、その重要性を認識しきれていなかったように思います。


事実、メディアリテラシーを謳った授業で行われたのは、
「ネット上にある過去の新聞記事から興味深い題材を取り上げてグループ間でディベートをする」
というもので、今求められているメディアリテラシーとは少し外れたものであったように思います。
(もちろんメディアリテラシー自体はネットメディアに対するものだけでなく、もともとはテレビや新聞に対するメディアの偏向を読み解くものとして生まれてきた言葉ですから、それはそれで正しいものでした)


そして当時の学生であった僕ら自身も、メディアリテラシーというものの重要さを全く気づけていなくて、
そんなに真剣取り組んでいなかったんですよね。どちらかという息抜きの時間。ホームルームの一環のような意識だったのかも。

今改めてメディアリテラシーが要求されている

もはや老若男女構わず、ネットは全ての人にとって重要な情報源になりました。ある程度知識のある人ですら、自分の知らない情報を必要としたとき、第一次情報としてネットをひくことは少なくない。


もはや辞書みたいなもんなんですよね。ひきやすい広辞苑なんです。多くの人にとって。


そう考えた時に、
言葉のプロである編者が作る辞書とは異なり、
素人が適当に書いた情報までもが載ってしまうのがネットの怖いところ。そして面白さでもある。


書く側はより読み手に信憑性や面白さを感じてもらうために様々な仕掛けを施します。

その事実を知っている人にとってはネットの情報なんて軽く読めばどこまで信頼できるかある程度判断できる。
これがネットでいうメディアリテラシー


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あの新聞は左寄りだからこの部分は少し言い過ぎだろうなとか、あの筆者はこの分野には弱いからこの部分は少し信憑性薄いなとか、
いままでも実は要求されていたメディアリテラシーが、
今僕らの生活のほんのすぐそこにある情報源にまで活用される事が要求されている。


母が糖質制限ダイットが流行りはじめたときに実践して全然成果が出なかった。
それはそのはずで、どこの間違った情報を鵜呑みにしたのか(本人いわくネット上の情報だったという)、
大好きなトマトはいっさい制限していなかった。


野菜=ヘルシーかもしれないけど、野菜=ノンカロリー、ノンシュガーではない。トマトなんて糖質のかたまりですからね。
この情報が先に頭にあれば、はじめに糖質制限の仕方について野菜OKと書いてあったときにおかしいなと思うんですよね。


メディアリテラシーっていうのは、
つまるところどんな情報に対しても自分の持っている他の知識と照らし合わせながら矛盾点を探して解消していく作業、力のことだと思います。
こうすることで間違った情報があれば正しく更新されていくし、理解が深まっていく。


それはネットでも実物の書物でも変わらないワケです。


「おいしけりゃなんでもいい!」にも通じている

このブログを立ち上げた当初に書いた記事。

bollet.hatenablog.com

この記事とも今回の話はリンクしているんですよね。

初心者がレシピをそのまま真似ると大抵失敗します。ある程度美味しく出来たとしても、実はレシピを考えた人が想定していた味にはなっていません。ほぼ確実に。

クックパッド、レシピブログ・・・すばらしい便利なレシピサイトが今たくさんあります。
個人のブログでもプロレベルの方が独自のレシピを紹介している時代。


それぞれのレシピを再現するために必要な環境、材料の細かな違い。
そもそもレシピ作っている人、書いている人の料理の根本的な腕。
それらを読み解く力がなければ他人のレシピはうまく使えません。

これも一種のメディアリテラシー


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料理人が師匠からレシピだけ聞いても同じようには作れない。
料理人の場合は実践しながら肌でその違いを汲み取っていくんでしょうけど、
モニター越し(もしくは紙面越)の僕らはメディアリテラシーを用いてそのレシピを読み解くしかない。


他の記事に書かれている情報やその人の経歴、普段使っている道具の紹介、キッチンの紹介、写真。
そういったところから、この人のレシピは真似できる、真似できない、そもそもこの人のレシピ自体がナンセンスって慣れてくると不思議と分かるんですよね。


情報に躍らされるなかれ、むしろ踊りこなしてやろう

情報は便利に使えれば武器になる。無料でこんなにも有益な情報が手に入る時代は未だかつてなかったわけです。
今後この情報社会がどう変化していくかは分からないけれど、
有益に使えるうちに使えるだけ使うのも悪くないと思います。


さて、
なんだか長々と書いてしまいましたが、
この記事、もともとは全く別の書籍の紹介のために書き始めたものだったんですよね。

シャンパン 泡の科学

シャンパン 泡の科学

はいドーン。
重い話(?)とは打って変わって酒の話でした笑。


これがね、名著なのですよ。
これはネットには転がってない情報。しかもただの情報じゃなくて物語性ある。
読み物として面白いです。


やっぱり読書はいいよねってことをプロローグで軽く書こうとしたらいつの間にか全く別の方向に・・・。
まぁ、これもブログの醍醐味ということで良しとしましょう。



こちらの本は改めて次回ご紹介します。。。